「センパイ聞いたッスよぉ!ついにやらはったんすね!」
葛城は赤木を押しのけるようにしてそう叫んだ。二人とも先ほどまでの退廃的な雰囲気はかき消え、目が輝いている。
問われた本人は、なんのことやら解らず、笑みを浮かべながら問いなおした。
「なにを?」
「とぼけたってダメですよ。ネタはあがってるんスよ」
赤木が人差し指を振りながら素早く切り替えす。先ほどまで情報を疑っていながら、思考の切り替えも素早い。
「なんの?」
と、柏木が小首をかしげて、腰やや上までに伸びた髪がゆれる。こういう何気ないしぐさに、赤木は見とれてしまう。
切れ長な瞳を中心に、バランス良く整った顔は、この季節でも涼しげだ。長い髪もツヤがあり、黒髪独特のあの重たい雰囲気を払拭している。これだけだと、一見「知性的で冷たい感じの美人」というイメージである。が、
先ほどの鋭い切り返しが、止んだことに気づくと葛城が赤木を継ぐ。
「なんのって、紅高の夜仇武のことやないっすかぁ!」
「やきゅうぶ?野球部って」
すこし空を見つめる。
「あの泣く児も黙る夜仇武のこと?」
「いつのフレーズっすかそりゃ」
この少し間の抜けたリアクションが、周囲の人間の彼女に対する垣根を低くしているのだと、赤木は思っている。このようなタイプの相手を赤木はつい苛めてしまいたくなるのだ。葛城の言っている事を100%真に受けているわけでもないのに話に乗っているのは、そこらへんに理由があるためだが、赤木は気づいていない。
「先週の金曜、そいつらが病院送りになったんすよ」
と、赤木は少しすごんで言った。
10年前、弱小ラグビーチームが花園を目指したり、ロン毛の先生が黒板に「人」の字を書いていたりした頃。私立紅塚高等学校、俗称「紅高」にも校内暴力が吹き荒れていた。ひょんなことから、野球部員が暴力沙汰に巻き込まれた。
甲子園出場は数知れず、ベスト8進出も数回というから、それまでの実績は華やかなものである。それだけにショックは大きく、部員の士気はどん底まで落ち、事実上活動は停止した、かのように見えた。
事件から数日後、一部の野球部員が事件関係者に「お礼参り」を慣行。事実上、野球部は廃部、時を待たずして、暴力集団「夜仇武」として復活を遂げたのである。元々、肉体的、精神的にも強靭な彼らに、そこらの不良グループがかなうわけがなかった。さらに、優良な人材を積極的に引き抜くスカウト能力、後輩の育成に注力する継続力など、本来の野球部としての特性がここにきて開花。権力構造も完全なピラミッド型中央集権を柱とし、底辺から第三軍・第二軍・一軍そして頂点に「キャプテン」が存在する、という元体育会系クラブとしての特性も生かして、内部分裂を予防している。などの優良ファクターにより団結成以降、急速に勢力を拡大し、現在は京都市南部を事実上掌中としている。
赤木が説明しているのは、その「夜仇武」の第二軍が起こしたとされる、金曜日の乱闘騒ぎのことである。場所は南清水高校の校区内にある私鉄電車の鉄橋下で、「夜仇武」の溜まり場として有名な一般市民は避けて通るデッドゾーンである。
深夜2時ごろ電話通報で警官がやって来た時にはすでに事は終わっており、図体のでかい男達が20〜30人、うーんうーんうめきながら倒れているだけだったという。