少し不機嫌そうに返事をした赤木が、相方の視線をたどって、通学路の向こう側、車道をはさんで反対の歩道に目を向ける。
詰め襟に身を包んだ青年が南清水高校に向かってまっすぐな姿勢で歩を進めていた。ここからでは細かい様子は伺えないが、その肩にかかっている木刀は容易に確認できた。
顔を見合わせ、しばし沈黙する赤木と葛城。
3年C組 AM11:15
セミの声が増えるとともに暑さが本格的になる。
鉄道や高速道路が隣接していて、窓が開けるに開けられないという場合以外、京都府下の公立高校には冷房設備というものが一切設けられない事になっている。田畑に囲まれたここ南清水高校も当然、例外ではない。
昼休みまで一時間を切り、暑さは気怠さを伴いはじめ、教壇に立っている社会科教師は黒板と対話している。この状況下で「居眠りタイム」に突入する生徒を咎めることのできる者が居ようか。
2時限目終了と同時に早弁を決め込んだ梓はすでに熟睡状態で机につっぷしている。その横の内職にはげんでいる男子生徒の前の席では、千鶴が汗と戦いながら板書を書き写している。
黒板一面を書ききった社会科教師が今度は教科書と対話しはじめた。それと同時にノートをとっていた生徒達が手を休める。この授業のパターンで、しばらく教科書と対話することで生徒達にノートをとる時間を与え、頃合いを見計らって黒板をクリアし、また黒板に書き込み始める。これを1時間に5セット消化する。今はインターバルタイムというわけだ。
周りより少し遅れて千鶴もシャープペンシルを置く。
毎朝通っている通学路の先、利用者のあまりない国道が見渡せる。広がる田畑の真ん中には赤いトラクターを止めて一服している農家のおじさんが小さく見える。そんな風景が見えるこの席を千鶴は結構気に入っている。しばらく眺めながら「あつ…」と一言愚痴った。
2年B組 AM11:16
「甲斐 信正」
控えめな字で黒板に書かれている。おそらく筆者であろう若い女教師が、新しいクラスメートの紹介をしている。その横に今朝の詰め襟青年がたたずみ、教室の入り口の方には3時限目を中断された生徒指導兼数学教師、井上耕造がパイプ椅子にどっかり腰を据えて周囲を見回している。
その眼光は分厚い眼鏡越しでも生徒指導歴数十年の経験を感じさせる程鋭い。話を聞いているのかよくわからないが前を見ている男子生徒、早速値踏みをはじめている女子生徒達、ゆっくり見回しているようでそのほとんどが教室奥にあるもう一つの入り口あたりに集中している。生徒指導の立場上、顔なじみの茶髪4人組である。当初、急遽予定を変更されて始まったホームルームにまったく関心を示していなかった4人であったが、一人また一人、転校生に興味を示し始めている。
ほとんど金髪のリーダー格が転校生に敵意の視線を送りはじめた。
南清水高校にも不良グループはいくつか存在する。彼らがまず最初にやっかみ、敵と認識するのが井上耕造である。暴力事件は数知れず、警察沙汰になる生徒もいたが、それらの事件にことごとく介在し、事態の沈静化に大きく貢献している。
校則うんぬんの規則事にとらわれず、しかし彼の豊富な経験を元に相手が納得するまで話し合う。説教臭く面倒見がよい、典型的ではあるが生徒達の心は確実にひらかれていく。事実、問題を起こした生徒達は井上教師に敬意をもって卒業していく。OBの面会が多いのもそのためである。
今日も放課後には卒業を控えた問題児のため、会社まわりに出る予定である。