「ろ、6人くらいでグランドの倉庫です」

全力疾走できたのか、その女生徒は肩で息をしながら、ドアにもたれて、なんとか返事をした。

「ご苦労だったな、麦茶飲んでろ。…3−3くらいか。めずらしいな」

そのつぶやきを聞いた千鶴は宮本の顔を見て苦笑した。少し嬉しそうな顔をしている。

宮本は典型的な体育教師である。「喧嘩ぁ、学生んときくらい殴り合わなくてどうする?」以前もめ事を起こした生徒の両父兄の前で、そう言い切り生徒指導の井上を爆笑させたことがあった。

喧嘩肯定派な宮本ではあるが、

「いえ、…5人です」

その一言で宮本の眉間に立て皺が何本も走り、みるみる顔が赤くなる。

「そいつぁ、ケンカとは言わねぇ」

立てかけてあった竹刀を手に取ると、

「リンチっていうんだよっ!」

その怒鳴り声に、息を切らせていた女生徒の呼吸が一瞬止まり、少し離れたところの下校途中の生徒が歩を止める。だれが怒られている訳ではないのに緊張感が周囲を包む。まさに当の宮本は竹刀を振り回しながら駆け出さん、という雰囲気だ。

「せんせ、せんせっ」

この状況下であまりにも場違いな、あまりにも日常的な口調で声を掛けらた宮本剣道部顧問は、煮えたぎる怒りを微塵も隠さず、「何だ」とがなりながら声の主の方を振り向いた。

座っていたはずのパイプ椅子の横に千鶴が立っていた。

表情はいつもと同じく和やかだ。

外の日差しに身をさらしたせいか、控え室の中がいっそう暗く感じる。しかし、セミの声が小さくなり、暑さも遠ざかっていく。

「せんせっ、音便にね」

少し首を傾け、笑って見せる。

一瞬、間をおいて「あ、あぁ」と普通に返事をしてしまった自分に気が付くと、分かっている!、と言い放ち駆け出していった。ついっと控室を出た千鶴はまるで子供を見送るような穏やかな表情で宮本を見送る。

「すごいや、あの宮本の怒気を一言で治めるなんて」

振り向くと、先程の女生徒が軽く腕組みをして千鶴を見ている。その視線は威圧感すら漂わせている。へたりこみそうな雰囲気だった先程とは別人のようだ。

「そ、そうかなぁ」どう取り違えたのか、千鶴は赤くなった頬に手を当てて、「確かに剣道は強いけど」などと、ごにょごにょ言い始める。

「二年の綾本です」

そんな千鶴の対応にも眉一つ動かさず、さりげなく右手が出される。

握手という習慣に一切なじみのない千鶴は、3テンポ遅れて右手を差し出した。

「三年の柏木です」

握手一つでお互いの会話がかみ合う。

「綾、本さん、あまり見かけないけど、どこかのクラブの人?」

「いいえ、現場に居合わせたのは、たまたま」

そう言うと、唇を薄くして笑みを浮かべる。

「部活より楽しい事、見つけましたから」